引っ込み思案な若者・春木真人(柳家わさび)は、たまたま寄席で聴いた落語に惹かれ、今戸家小六師匠(ピエール瀧)が住む東京下町の家までやってきた。なかなか師匠宅の門を叩けないでいた真人に、「あんた、もしかして弟子入り志願?」と声をかけてくれる女性が…それは、小六の女房・葵(田畑智子)だった。葵の案内で小六師匠と緊張の対面を果たした真人は、見事、小六の内弟子として住み込みで働きながら、落語家への道を歩み始めることになる。
落語家としては、芸も地位もある小六だが、恋女房の葵にはぞっこんの惚れっぷり。ノホホンとした頼りない亭主に、チャキチャキの下町っ子の女房は絶妙の名コンビ。そんな息もピッタリな二人が同時に思い付いた真人の芸名は「今戸家小春」。晴れて、真人は「小春」として前座デビューへの第一歩を踏み出す。 温かい小六家にあっても、気の小さな小春の性格は、そう簡単に変わらない。小六との落語の稽古では緊張感丸出し、風呂場の脱衣場で着替え中の葵と鉢合わせしてはドギマギするような毎日だ。はたまた、寄席の楽屋入り早々に、小春は新宿末廣亭の初高座を命じられるも、噺をすっかり忘れてしまい「勉強、しなおして参ります」とすごすご高座を降りることに…記念すべき初高座は完敗に終わってしまった。 落語界の中には、これまで小春が出会ったことのないような、個性豊かな落語家がごろごろしている。ビシッとスーツを着こなした若手真打・山海亭心酒(隅田川馬石)の冷酷なほどの芸への厳しさは、前座へも容赦なく注がれていた。一方、二ツ目ながら、そのキュートな風貌を買われて人気レポーターになった鶴家丸千代(春風亭ぽっぽ)は、寄席よりテレビの仕事で忙しい。師匠である朝丸(三遊亭小円歌)はそんな弟子のことが心配で仕方がない。そんな朝丸の気持ちを察して、人気漫談家スマイル(春風亭小朝)は「若いうちは何でもやったほうが本人の為ですよ」と声をかける。だが丸千代自身も仕事と恋の板挟みで悩んでいたのだった…。 多くの落語家に囲まれ、目まぐるしい前座修業に明け暮れる小春が通う床屋は、葵の実家である昭和の下町風情が色濃く残る店だ。葵の姪・一子(石橋杏奈)がほどこした下手くそな散髪を見て、葵は小六との馴れ初めを思い出す。まだ彼が二ツ目の小鶴時代、散髪を巡って、いつものように大喧嘩する二人。それは気のある証拠、と笑って見守っていた父・昌和(柳家権太楼)が、ある日突然の病に倒れてしまう。心配で見舞い駆けつけた小鶴は、「お前は俺が守ってやる」と強がる葵を抱き寄せる。そんな小鶴に葵は「今、ちゃんと聞いたけど、嘘つくなよ」と涙を流していた。その仲の良さは、15年経った今も変わらない。強いて言えば、立場は完全に逆転して、葵が小六を支えていることか。 ある日、かつて寄席でしくじった小春をこっぴどく叱った心酒が、師匠・文酒(嶋田久作)と二人会をすることになった。久々に楽屋で挨拶をする師弟。古典落語の大ネタ・柳田格之進をかける心酒に向かって、「登場人物が意地悪くないか」と問う師匠に、真っ向から反発する弟子。師匠の「良い悪いはお客様が決めるもんだよ。評論家が決める訳じゃねぇやね」の言葉にも耳を貸さずに、高座へと向かう。それは落語を楽しめない男の、自滅への道でもあった…。 周りの喧噪をよそに、小六はといえば、揉め事や確執とは無縁の暮らし振り。ただそばに葵さえいてくれれば幸せと、笑顔で仕事に向かう日々。そんな小六を静かに見つめながら、葵は黙々と書斎で何かを書き綴っていた。まるで何かを悟っているかのように…。 そんなある日、小春が突然、高座に上がることになった。それも、本来トリが上がる時間での出番なのだ。手の平に人という字を三遍書いて呑み込み、おぼつかない足取りで高座に上がる小春。客席に深々と頭を下げ、顔を上げた小春は、ついに大舞台に挑んでいく―。 |